日本代表するお笑いタレントである
タモリこと森田一義さん。

4年前笑っていいとも!終了して
現在ではブラタモリ
代表的番組として出演されています。

そのタモリさんですが
今まで数多く
名言格言を残されています。

タモリ流人生論とは

いくつか紹介していきたいと思います。

タモリとは?

タモリ

画像引用元:https://twitter.com/jgjgjgddf

タモリさんは
第二次世界大戦の一週間後
福岡県福岡市に生まれます。

幼少時から
達観した子供だったらしく
「5歳が俺の精神的ピーク」
とよく話されています。

1965年に早稲田大学へ入学
在学中はモダン・ジャズ研究会に在籍
多くのジャズ仲間とつながりが出来ます。

その後
朝日生命で3年近く
「保険外交員」として働き
この時期に同僚で
2歳年上の一般女性と結婚します。

その後
旅行会社に転職し
系列のボウリング場
(大分県日田市)に転属
支配人となります。

その後も転職して
喫茶店のマスターになるなど
特殊な経歴を持ちます。

山下洋輔トリオとの出会い

転機となったのは1972年。

大学時代のジャズ仲間と
ホテルで終電がなくなる
時間ギリギリまで飲みながら
話し込んでいました。

いざ帰ろうと部屋から出た際
やけに騒がしい一室があり
通りがかり様に
半開きになっていた
ドアから中を覗いたところ
室内では
山下洋輔トリオ
(山下洋輔、中村誠一、森山威男)

が歌舞伎の踊り
狂言・虚無僧ごっこなど
乱痴気騒ぎをしていました。

そこにタモリさんは乱入します。

中村誠一さんが
被っていたゴミ箱を取り上げると
それを鼓にして
歌舞伎の舞を踊り始めました。

山下トリオの面々は
「誰だこいつ?」と動揺するが
中村さんは機転を利かせて
その非礼をデタラメ朝鮮語でなじったところ
タモリさんは
それより上手なデタラメ朝鮮語で切り返し
その後
中村さんとの
インチキ外国語の応酬に発展します。

表情を付けてデタラメなアフリカ語を
話し始めた際には
山下さんは呼吸困難に
なるほど笑ったそうです。

始発が出る時間まで共に騒ぎ
最後には「モリタです」とだけ
名乗って帰宅しました。

「この男はジャズ・ファンに違いない」

確信した山下さんは
博多のジャズバー
「モリタ」という名前の男は居ないかと
片っ端から問い合わせたそうです。

その後
再会を果たした後は
山下トリオが九州に行く際に
共に遊ぶ仲間となり
1975年の春に
「伝説の九州の男・森田を呼ぶ会」
が結成されます。

同会のカンパによって旅費が集まり
1975年6月にタモリさんは
上京を果たします。

赤塚不二夫との出会い

知る人ぞ知る存在となり
福岡で生活しつつ
月1にカンパで上京して
「素人芸人」として即興芸を披露するという
一種の二重生活を送っていた
タモリさんでしたが
1975年夏
「面白いことをやっている人間がいる」
という噂を聞きつけた
赤塚不二夫さんが訪れます。

即興芸に心酔した赤塚さんは
8月末に生放送が決定していた
自らの特別番組へ
タモリさんを出演させることを決意します。

タモリさんは
「福岡に帰りたい」と伝えますが
「タモリの芸を
もっと見たい福岡に帰したくない」
と考えた赤塚さんは
当時(1975年)住んでいた4LDKのマンションや
保有するベンツのスポーツタイプなど
それら全てを自由に使っていいから
「東京に残ってくれ」と懇願します。

タモリさんはこれを了承します。

赤塚宅での居候生活が始まり
タモリさんは赤塚さんから
月に20〜30万円の小遣いが渡され
飲み屋で赤塚さんや山下さんらと
馬鹿騒ぎする日々を送ることとなります。

その後
赤塚さん達から
芸能界入りを強く勧められ

1976年4月
深夜番組『空飛ぶモンティ・パイソン』
で正式に芸能界デビューを果たします。

タモリさんは
いざ芸能界入りする際
4つの戒律を自らに掲げています。

誰の弟子にもならない
組織には属さない
頭をなるべくさげずにカネをもうける
色紙にサインをするときは
名前の横に添える
モットーのようなものは持たない

友達・仕事・恋愛についての格言

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特殊な経歴を持つタモリさんですが
その思想・ものの考え方
共感できる所も多く
数々の名言・格言を残されています。
その中でも
友達・仕事・恋愛についての格言を
今回紹介していきます。

友人について

「今はね友達を作ろう作ろうって
言い過ぎるよ。
友達なんかいなくていいんだよ」

「名言は好きです。
でも名言を言おうとする人は嫌いです」

「人見知りじゃない奴は面白くない」

「もし俺がたけしに何か
言いたい事があるなら
会って直接話をする。

だいたい友達同士の
大事な話を校内放送でする
ヤツはいないだろう。」

(20年前北野たけしさんが
フライデー事件を起こした際
マスコミに意見を求められた際の発言)

仕事について

「やる気のある者は去れ」

「コツはね
はりきらないこと」

「明日のことを語れるヤツは
ゴマンといるが
昨日までのことを
キチッとやれるヤツは
ほとんどいないんだよ」

恋愛について

「男は女から質問されると
解決方法を考えなければいけない
と思うんだけど
女はそれをどうでもいいと
思ってるんだよね。

話すことによって人間関係を
確認してるだけなんだよ」

「台風の夜はね
ナンパしやすいって
石田純一さんが言ってましたよ」

人生論

タモリ

画像引用元:https://twitter.com/search

「前を向いて歩いてたって
つまんないよ。
後ろを振り返ったほうが
『あれが楽しかった』って楽しいよ。」

「夢を見るな
夢があるようじゃ
人間終わりだね」

「誤解してもらったら困るけど
夢のために生きろっていうけど
それじゃ夢が達成されるまでの
期間はどうなるのよ。

意味のないつまんない期間になるよね。

今日を明日のために生きている。

それは悲劇的な人生だよね。

今日を今日のために
生きる生き方をしないと。

それがジャズな生き方だよね。

ジャズな生き方っていうのは
今を生きることなんだよね」

などの発言をされていることから
タモリさんは人をリラックスさせる
思想や考え方を好まれるようです。

また
2012年のFNS27時間テレビ
自分のお笑いのパターンにこだわった
明石家さんまさんに対して
「自分のお笑い以外は正しくないの?」
と切り返したことから
人に対して
自分が正しいと思ったことを
必要以上に押しつけず
自然に出来たお笑いや
現象を愛する考え方がうかがえます。

最後に

私たちは常日頃から
「もっと頑張らないと」
「前向きに生きよう!」

といった情報に触れる機会が多いです。

そういった中で
タモリさんのような考え方に
出会うことは貴重で
とても安らげるきっかけに
なるのではないでしょうか。

今回紹介したことで
自分を追い込みしすぎている人たちの
リフレッシュになれることを
祈っております。

最後になりますが
松本人志さんの
名言についてはコチラです。
松本人志の名言のまとめ!『ワイドナショー』でのコメントや哲学は?